2010/05/27

平成22年修行の旅 その5

平成22年5月14日(金) 晴れ 第二十七番 神峯寺

7:30 宿坊出発 → 4.0km 8:30 吉良川町 → 12.0km 11:00 
中山峠 → 19.0km 13:10 道の駅田野駅屋 → 24.0km 14:10 
民宿きんしょう →  28.0km 15:30 第二十七番 神峯寺 → 32.0km
17:00 民宿きんしょう   歩行距離32.0km 56,532歩

 朝6時からのお勤めに合わせて起床。朝のお勤めは、高野山の宿坊以来。何も知らない私は、1人白装束ではなかった・・・。申し訳ありません、お大師様。
 椅子が少なかったので、若輩の自分が座るわけにもいかず、母には椅子に座ってもらう。
 皆で声を合わせての勤行、お坊さんからのお説教、気が引き締まった。

 朝食の時、昨日の夕食と同じ顔。今日はどのような行程か、話をする。山陰の女性は、バスを使いたいとのことで、もと来た道を下りることにしたよう。
 関西の女性は、靴が合わず、仕切り直しで出て来られたので、行ける所まで行きます、ということだった。

 宿坊での朝食を満喫して、準備を整え出発。すでに、ほとんどの方は出発していた・・・。

 この日は、前回私がクリアできなかった神峯寺まで歩くことが目標、そのために今回のお遍路にきたようなものだ。

          いつも頼りになる道しるべたち。

 しかし、出発に後れをとり、やや焦りモードで歩き始める。

 吉良川町では、急な山の斜面に枇杷畑を見ることができ、静かな町の中を歩いていると、古い街並みを楽しむことができる。
 途中で関東の男性に追いつかれ、枇杷を購入したらお接待にもらったから、お接待する、とたくさんいただく。感謝


        吉良川町にある、大正時代に建てられた郵便局。


 吉良川町の端の休憩所で、再び関東の男性と再開。枇杷を食べながら、一緒に休憩を取る。この方は腰が痛くて、ゆっくりと歩き、この日は奈半利に宿泊するとのことで、ここで別れることとなった。

 私たちは次の目標中山峠へ向かい歩き始める。母は、1、2日目は膝が痛くて私より遅れて歩いていたが、エアサロ+湿布によるクールダウンをすすめ、それが効いたのか、3日目からは順調に、ほぼ私と同じ速さで歩いていた。

 中山峠へ差し掛かり、遍路道がえらく綺麗にされている。上って行くと、お遍路マークのバッチをつけた男性が掃除をしている。中山峠保存協会の方らしい。「ありがとうございます。」と声を掛け、少し話をして上る。

        中山峠より。一番向こうの岬は金剛頂寺のある岬。


 中山峠には3年前と同じように、ベンチが横たわっている。座って、歩いてきた海岸線を眺めていると、宿坊で一緒だった関西の女性が上って来られた。バスを利用するために、金剛頂寺上ってきた道を下った山陰の女性について行ってしまい、結局国道をぐるっと歩いてきたとのことである。

 峠を下り、再び国道55号線へ。奈半利まで休まずに歩きたかったが、トイレ休憩が必要で、前回と同様ドライブインなぎさで昼食休憩を取る。なんていい場所にあるんだこの店は、思う。

 母が宿まであとどのくらいかかるのか、と聞かれ、9kmくらいだから2時間半弱かなと答える。12時過ぎているから、15時近くなるのか、と二人で更に焦り、出発する。

 自然に足が速くなる。宿まで55号線を行こうと、歩き始めるが、母がしっかりとついてくる。
 奈半利町に入り、計画段階では昼食地点にしていた道の駅に到着。そこで九州の男性と再開。今日は同じお宿である。





奈半利川を越え、宿へ急ぐ。
 トイレ休憩もほどほどに出発。この時ほど、私たち親子の歩調が揃っていたのは、初めてではないだろうか、と思うくらい時速5kmをともに歩いていた。3年前は雨の中、私がかなり遅れを取っていた・・・。

 民宿きんしょうに奇跡的の14:10到着。御夫婦が出迎えてくれた。荷物を置かせてもらい、必要なものだけ、小さなリュックを借りて出発。御主人に「この時間なら、ゆっくり行って帰って来れる。」と送り出された。あれ・・・、前回とは違う暖かさを感じる。

           いよいよ遍路道へ。


 そして神峯寺へ。ほとんどは車道を上るけれど、途中、途切れ途切れの遍路道を上る。ここはやはり、母を待つことになる。私自身、今回トレーニング一度だけ、3年前に比べて体力が落ちていると感じていた。

 まあ、時間は十分にあると、ゆっくり上る。上る途中で、下りてくる関西の女性と再開。今日は別宿。「お気をつけて。」と別れた。どこで追い越されたのだろう・・・。

 神峯寺には15:30に到着。「神峯の水」でお杖を洗い、喉を潤す。

         神峯寺の日本庭園と神峯の水。


 美しい日本庭園の間にある石段を上り、本堂へ。今回のお遍路最後の読経と思うと、ゆっくりじっくり唱えた。

 そして下りもゆっくり歩いたが、この時母の膝に異変が起こってしまった。かなりのペースダウン。
 ゆっくり、ゆっくり下りて、17時過ぎに到着。お宿の角に、御主人が出て待ってくれていた。

 夕食の時、なぜか先に神峯寺を打ち、宿に戻っていた福岡の男性、福岡の男性と自然に一緒に歩くようになった男性と私たち2人、そして女将さんと御主人とで話が盛り上がった。もちろんお遍路の事だが、男性二人は、私たちよりも5分10分遅れて宿に到着し、歩いて上ったが、帰りは「車道を下りた。」とのこと。つまりは、お連れの男性の足が辛かったので、タクシーで下山したようだ。それもお遍路。

 女将さん曰く、遍路宿を初めて7年目だという。60歳定年をを過ぎて御主人と始められ、初めは予約の電話を受けたが、結局泊まりに来ないという嫌がらせもあったそうだ。それでも、こうやって全国の人たちと知り合いになれるのが楽しい、と話しておおられた。

 お遍路同士、というか私たち親子が明日で区切り打ちが終わるので、二人の男性がそれぞれに、私たちへビールのお接待をしてくださった。返しに返しても仕方ないので、御礼と共に納札を渡した。ありがとうございました。 

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