2009/04/30

歩き四国遍路 32日目

平成19年5月4日(金) 天候晴れ後曇り時々雨 第五十四番~第五十五番 歩行距離28km 笑福旅館泊

 よく睡眠を取り、体調を整えて出発。浅海まで一つ峠を越え、海岸線に出て、今治市に入る。
 次の目標の遍照院は、瓦で有名な菊間町にある。瓦の町の通り、瓦工場が並び、遍照院の門には、大きな鬼瓦がある。
 雨が降り出したので雨具を着て歩く。何もなさそうな道を歩いて、昼食をとる所を探していると、大西町に入った辺りで、うどん屋さんを発見。こなかなかおいしかった。食事中に、雨が本降りになっている。

 雨が降ったりやんだりする中を歩き、延命寺に到着。つつじの花が咲き始め、奇麗である。
 延命寺からは、遍路道で大谷霊園という所を通り、今治の町に入る。先にお宿へ立ち寄り、荷物を置かせていただく。そこから南光坊へは300m程である。南光坊は境内に駐車場があり、おかしな感じがする。

 この日のお宿は一見普通の日本家屋である。お宿の方が快く出迎えてくださる。この日、内子町の宿で一緒になった、私たちの地元に姉がおられる方と、同宿となった。この日で一旦お遍路を終えるとのことであった。


遍照院山門                        延命時参道

歩き四国遍路 31日目

平成19年5月3日(木) 天候晴れ 第五十二番~第五十三番 歩行距離16km 太田屋ビジネス旅館泊

 朝6時半に椿湯へ行くと、開店前から多くのお客さんが待っていた。昔と変わらない湯船につかり、この日に備える。
 松山市内は3つのコースがあり、乙コースを歩く。懐かしい町並みである。市街地を抜けると、田んぼの中を歩き、太山寺の一ノ門に到着。そこから本堂まで500mあり、本堂の手前に納経所がある。

 円明寺では、お接待所が設けられ、パンやジュースをお遍路さんに振舞っていた。ありがたく頂戴して、それを昼食として休憩する。小学生くらいの女の子からも、缶ジュースのお接待を頂いた。感謝。
 この日は二人とも体調が悪く、JR予讃線光陽台から伊予北条まで電車を利用した。母が唯一歩くことができなかったことである。本当は23km歩くところを、16km程になってしまった。

 この日のお宿では部屋のユニットバスを使わなければならなかったのだが、湯が出ない。店の方は、いずれ出るからと、出し続けているが、湯が出ない。結局、宿の広い浴室を使わせてもらった。なぜ初めから使わせてくれなかったのだろう。
 この日は二人とも疲れていて、風呂の後眠ってしまい、午後7時に電話で、夕食はできている、と起こされた。この辺りは鯛飯が有名で、鯛釜飯をいただいた。


太山寺山門                         円明寺境内の中門

久しぶりの海は瀬戸内海                 霊場養護院(杖大師)

歩き四国遍路 30日目

平成19年5月2日(水) 天候雨後曇り 第四十六番~第五十一番 
歩行距離30.6km BHさくら泊

 この日は第四十九番辺りでの宿泊を考えていたが、結局道後まで行くことになり、歩行距離、巡拝寺共に増えてしまった。そのため、朝食なしの6時に小雨の中、出発。一つ目のコンビニで朝食を済ませ、国道33号線を上っていく。これを上りきると、三坂峠を下り、松山市に入る。標高710mから初めは急な下りで、しばらく行くと、段々畑を眺めながら、緩やかな下り坂を、延々と歩く。

 10時に浄瑠璃時に到着し、12時前に西林寺に到着。門前のうどん屋さんで昼食をとる。ここまでで20km歩いてきたので、なかなかのペースである。
 繁多寺で、ウエストポーチという軽装で歩いている方と出会った。話してみると、松山の方で、この日から歩き遍路を始めたとのこと。歩ける時に、歩けるところを歩くことにしているらしい。

 繁多寺の次はいよいよ第五十一番石手寺、ゴール!という気持ちで参拝する。この寺の裏に小学生時代を過ごした家がある。その家を見に行き、昔はお遍路さんのことなど気に掛けていなかったなと思った。
 ここで私は満足してしまったのか、足が疲れたと、私だけ道後温泉までバスを使った。ここで遍路をやめるかどうか、考えていたが、徳島から愛媛松山までほぼ歩いて来たのである。最後まで歩くぞ。
 夜は松山の伯母の家族と一緒に夕食を取り、宿に戻ったのは夜10時になってしまった。


浄瑠璃寺境内                        石手寺境内







道後温泉(写真のみ^_^;)

2009/04/26

歩き四国遍路 28日目

平成19年4月30日(月) 天候晴れ 第四十四番 歩行距離23km おもご旅館泊

 出発して一つ目の休憩所で、顔見知りのお遍路さんたちと出会う。その中に、ほら貝を持ったお坊さんがいて、ほら貝を吹いてくれた。生で聞いたのは初めてだが、山に響いていた。

 この日は、農祖峠遍路道を歩こうと計画していたが、私の足の調子が悪く、国道380号を歩くことにする。何もない道で、やっと食堂を見つけ昼食にする。そこには、やはり顔見知りのお遍路さんたちが、休憩をとっていた。そこで、ドクターに膝を冷やしてもらい、基本的な処置を思い出させてくれた。さすがである。少しのことで、膝が違うのである。反省。
 そこからは、ドクターに言われたように、安定した歩行を心がけて歩く。距離がそんなに長くなかったので、お宿には14時に到着。荷物を置き、大宝寺へ、参拝に行く。四十四番、四国遍路札所の半分である。

 おもご旅館は、明日四十五番打ち返りで二泊する。古いお宿で、大正の間という歴史のあるお部屋を見せていただいた。
 ドクターとは、これからも会うと思っていたので、お札の交換をしなかったが、結局この日以降、お会いすることはなかった。お世話になりました。


三島神社からの遍路道                   大寶寺、札所半分きました。 

歩き四国遍路 29日目

平成19年5月1日(火) 天候雨後晴れ 第四十五番 歩行距離22.4km 
おもご旅館泊

 この日は文句なしの大雨。この遍路一番の土砂降りだった。始めに道を間違え、一旦大宝寺まで戻り、山道の遍路道へ足を踏み入れる。容赦なく雨が降り、足元がぬかるんでいる。靴はなかなかの防水機能のおかげで、あまり濡れなかった。

 いったん車道に出て、再び遍路道へ入る。このころ雨はやや小降りになっていた。八丁坂の登り口に到着(写真は八丁坂頂上)。600mの距離で、標高160m上がるのである。どうせ下らないので、上ることにする。
 上りきると、尾根伝いに岩屋寺へ向かう。この遍路道を行くと、三十六童行事や弘法大師が修行した逼割禅定の入り口の前を通るので、昔を顧みることができる。岩屋寺自体も岩山の中にあり、山全体が御本尊とされているため、神秘的である。

 帰りは、車の時と同じ「表」の参道の階段を下る。階段は266段あり、車遍路で来てもこの階段は上がらなければならず、一番の難所といってよい。

 この日は計画通り、国民宿舎古岩屋荘に立ち寄り、昼食と温泉を楽しむ。昼食は高知から一緒に歩いてきた女性にお接待していただいた。感謝。ここの温泉はぬるぬる系で気持ち良い。

 帰り道はすっかり晴れていて、道端には山菜や高原植物を見ることができ、この辺りの標高が高いことがわかる。
 この日お宿では、1日目の極楽寺で同宿になったご夫婦が再び同宿となった。私たちのことを覚えていてくださり、声をかけてくれたのだ。私たちより1日遅れで、ずっと歩いて来られたようである。



逼割禅定入口                       八丁坂頂上遍路道合流地点















岩屋寺の荘厳な岩壁

2009/04/20

歩き四国遍路 26日目

4月28日(土) 天候晴れ 第四十三番 歩行距離30km ときわ旅館泊

 この日は出発してすぐに、歯長峠というなかなかの難所がある。そこを下ると、肱川沿いに明石寺まで歩く。その途中、名古屋の男性と出会う。しかし、高知まで一緒に歩いていた方たちとは、会うことはなかった。
 明石寺からは国道56号線を歩き、この日二つ目の峠越え、鳥坂峠に入る。下りの途中で地元の方が、近道を教えてくれた。
 大洲の町に入ると、宿まで4kmほどだが、二つの峠越えのため、左膝、足の裏まで痛くなっていた。なんとか宿に到着、風呂の順番まで時間があるので、薬局まで歩き、湿布などを購入。左足の裏には、せっかく治りかけていた水疱の中に、新たな水泡ができてしまっていた。

 ときわ旅館さんは、3代目の若旦那さんとご家族でされていて、ほっとできるおもてなしのお宿である。旦那さんは母のことを覚えており、以前利用した同じお部屋を用意してくれていた。感謝。10数名が同宿であったが、ほとんどが歩きの方で、5回目の歩き遍路の方、ほら貝を持ったお坊さんご夫婦、連休を利用し区切りで歩いているご夫婦、ドクターもおられた。

明石寺山門                          鳥坂峠遍路道

歩き四国遍路 27日目

平成19年4月29日(日) 天候晴れ 歩行距離31km ふじや旅館泊

 ゴールデンウイークに入り、なんだか歩き遍路さんが多くなってきていた。コンビニでも、弘法大師が一夜を明かした十夜ケ橋でも、いつもより多くのお遍路さんに出会う。

 内子町に入り、内子町の観光客に巻き込まれながら、町を歩く。以前来たことのある道の駅は、休日のためか多くの人でごった返していた。まばらにお遍路さんも見かけ、ドクターがいたので一緒に昼食にする。
 そこからは、小田川沿を歩く。のどかな山道である。なにもない遍路道だが、顔見知りの方を含め、多くのお遍路さんたちと出会う。とても元気が出る。

 途中で、農祖峠遍路道とひわた峠遍路道への分かれ道に辿り着く。私たちは小田に宿泊するため、右へ進む。小田にも道の駅があり、名古屋の男性と出会う。足は少し回復している様子で、今日はもう少し先へ進み、適当な所で野宿するとのことである。
 私たちは、夜はスナックも兼ねているという旅館にお世話になる。広い旅館で、静かでゆっくりすることができたが、宿泊客は他に60代くらいのご夫婦だけだった。